ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」入賞!

契約学習のメンバー、遠山桂さんが、ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」で入賞しました!

以下に前文を掲載させていただきます。

●「これからの消費者教育のあり方~高等教育現場で消費者教育を推進するために」行政書士 消費生活相談員 遠山桂

1.はじめに
当職は行政書士として各種契約書の作成を主要業務として取扱している。また、恵那市の消費生活相談員も兼務しており、消費者相談の現場で被害救済や啓発活動に取り組んでいる。
行政書士業では、学習塾や結婚情報サービスなどの特定継続的役務の契約書作成を受託する機会も多く、事業者に特定商取引法等の法令遵守の徹底を求め、円滑な事業運営をしていくようコンサルティングを実施している。
消費生活相談員としての業務では、悪質商法被害や多重債務の問題に直面する消費者の相談を受け、解決法の助言や事業者とのあっせんを行っている。
こうした業務を通じて感じるのは、事業者は法令による規制の趣旨を理解していないことも多く、消費者は経済や法律に関する情報を把握しきれておらず、その両者間で契約トラブルが頻発しているという実態があるということだ。
このような経済・法律・契約に関する消費者教育については、高等教育の現場で行われるのが理想的だが、現実には様々な課題があって十分な消費者教育の機会が提供されているとは言いがたい状況だ。
契約トラブルや多重債務の問題は、事業者と消費者の両者に適切な情報提供や教育が実施されれば、その多くの部分が予防できるものであり、そのためには高等教育の段階で計画的な消費者教育が行われるべきだと考えている。
その信念から、2003年よりボランティア団体の「契約学習ネットワーク」に所属し、高校・大学の授業や公民館講座、民間企業の研修会などに契約や法律の出前授業を行っている。こうした活動の経験を基に高等教育の現場で必要な消費者教育の姿を論じたい。

2.高等教育における消費者教育の到達目標
消費者庁による消費者教育体系シートによれば、少年期と成人期における契約・取引領域の目標は以下のように設定されている。
・少年期の目標
「契約の意味と基本的なルールや仕組み(契約当事者としての権利と義務等)を理解し、適切な消費行動ができる。」
・成人期の目標
「契約の意味と基本的なルールや法律・制度等(契約当事者としての権利と義務等)を理解し、契約の内容を十分確認した上で契約ができるとともに、契約したことを誠実に履行することができる。」
高等教育での消費者教育の到達目標としては、少年期の「契約の意味と基本的なルールや仕組みを理解し、適切な消費行動ができる」ことを達成した上で、成人期の「法律・制度等を理解し、契約の内容を十分に確認した上で契約ができる」という水準を実現することが求められる。
しかし、特に高等学校の段階では、契約・法律に関して専門的に学ぶ機会は少なく、法律を切り口とした導入教育を行うには相当な工夫が必要となる。例えば、学生にも身近なインターネットや携帯電話の契約やそのトラブル例をとりあげ、そこからクレジット契約の存在などの経済的仕組みも学びつつ、消費者契約法や割賦販売法などの法律について学習するというような流れが必要であろう。
具体的には、契約の成立から契約の種類、クレジット決済の仕組み、民法や特定商取引法の内容と契約解除のルール、適正な契約を遂行するためのコンプライアンス意識の向上などについて継続的に体系立てた教育をしていくのが理想的だ。

3.高等学校・大学での消費者教育の概況
まず高等学校での消費者教育については、学習指導要領によれば公民科と家庭科において実施されることになっている。
しかし、その消費者教育の実態は十分なものでは無いようだ。平成20年版国民生活白書によれば、公民科と家庭科で消費者教育を受けている世代である15~19歳の年齢層に対し、消費者教育を受けたことがあるかという問いに「ない」「わからない」という回答が55%に達している。20~29歳の年齢層では、同じ問いに対して「ない」「わからない」が75%に達している。
このように高等学校で実際に消費者教育を受けている年齢層の過半数以上が、消費者教育を受けた自覚が無いという状況だ。この実態は、教科書で消費者問題について取り上げられるものの、十分な授業時間や内容にはなっておらず記憶に残っていないのであろう。
こうした状況の構造的要因としては、さまざまな授業カリキュラムが過密になっており
(1)消費者問題だけに時間を割けない、
(2)消費者問題を専門的に扱える教員が少ない、
(3)適切な教材が見当たらない、
という「3つの無い」が問題となる。これらの制約を克服する工夫が求められよう。
また、当職が高等学校での消費者教育の講演活動を通して感じるのは、生徒たちの契約に対する無関心と当事者意識の欠如だ。聴講する生徒の年齢が18歳以下の未成年なので仕方がない面はあるが、その生徒たちの生活範囲内で生じる消費者問題に焦点を当てつつ、契約や法律について関心を抱く授業を作り上げていく必要性を痛感する。
例えば、高等学校での講演において、生徒たちの家庭で悪質な訪問勧誘や電話勧誘が実際にあったことを家族から聞いたことがあるかを尋ねてみると、聞いたことがあると答える生徒は少数派だ。一方、同じ地域内の高齢者対象の公民館講座で、6ヶ月以内に悪質な勧誘を受けたことがあるかを尋ねると、9割以上の聴講者が「ある」と答えている。
つまり、家庭内において悪質勧誘について話題にしていないため、生徒はそうした問題が身近にあることを認識していないのだ。そのような状態で、その生徒たちが進学や就職等で一人暮らしを始めると、契約や悪質商法に対する認識不足から甚大な損害を被るリスクを予防できない。
また、消費者問題の認識が不足したまま就業をすれば、生産・販売活動を行う事業体において契約トラブルを引き起こしてしまう可能性もありうる。
次に大学における消費者教育については、文部科学省の「平成22年度消費者教育推進事業における国内の取組調査報告書」によれば、消費者教育の講義およびゼミの受講対象は学部2年が52.2%と最も多く、次いで学部3年が43.9%となっている。(複数回答)
その講義およびゼミの選択科目もしくは必修科目の種別は、選択科目とする大学が83.2%であるのに対し、必修科目とする大学は14.7%となっている。
大学においても、消費者教育を実施する機会は保たれているものの、これを必修科目とする大学は少なく、学生の履修状況によっては消費者教育を受けることなく卒業をすることもありうるようだ。
また、前掲報告書では、学生生活における消費者問題の課題についての問い(複数回答)に対し、「携帯電話・インターネットに関するトラブル」が64.2%で最も多く、次いでキャッチセールス・アポイントメントセールス等が61.6%となっている。携帯電話やインターネットのトラブルは未成年者も巻き込まれることが多く、学生にとっては最も身近な消費者問題といえよう。
注目したいのは、「学生が悪質商法の加害者となること」という回答も26.8%あり、アルバイト感覚で無自覚のうちに悪質商法に加担してしまう実態もあるということだ。学生は卒業をすれば事業活動を支える側にもなるわけで、在学中に消費者教育を受ける機会を適切に設ければ、コンプライアンス意識の高まりにもつながり、悪質商法や契約トラブルを未然に防ぐことにも貢献するはずだ。もちろん、在学中の悪質商法への加担の問題も減少するであろう。

4.消費者問題のNPO(契約学習ネットワーク)での学校教育の実践から
契約学習ネットワークでは、高等学校や大学での消費者教育についての出前授業も行っている。その活動の中から、特徴的な2例についてとり上げたい。 3
一つは愛知県立岡崎商業高校での事例だ。同校では、平成22年に課題研究にて消費者問題を選択した生徒を対象に、4月から金融や経済、消費生活について学習を行い、その成果を生徒たちが地域の老人クラブに出前授業を行うことで還元するという試みを行った。
契約学習ネットワークでは、3回に渡り同校を訪問して、悪徳商法の事例紹介や生徒たちの資料作成の相談対応、プレゼンテーション技法の指導などを支援した。
こうした取り組みを経て、同年10月に生徒主催による老人クラブに対する「悪徳商法について」の出前講座を実施した。その内容については中日新聞記事を引用する。
「課題研究を選択した生徒らが事前に行政書士から三回の授業を受け、悪徳商法の具体例をスクリーンで説明し、自分たちで考えた寸劇を披露した。おだてて本を出版させ、高額費用を請求するほめあげ商法や、消防署員を装い消火器を言葉巧みに売り付けるといった点検商法などの手口を紹介。寸劇の白熱した演技に、お年寄りらは大きくうなずいたり、声をあげて笑ったりした。」(平成22年10月22日 中日新聞西三河版より引用)
こうした学校の授業の枠を超えた取り組みを通して、生徒たちが消費生活の問題を主体的に学習し、発表の場でいきいきとプレゼンテーションを行い、聴講した高齢者も問題意識を共有するという好ましい消費者教育の場が実現した。
この課題研究に参加した生徒の感想を紹介する。
「この取り組みを通して人に伝えることの難しさを学びました。自分では分かっていてもそれを人に伝えることは思ったより難しく、どうしたらわかってもらえるのかを考えながらパワーポイントや原稿を作りました。今までも人に伝えることで難しいなとか大変だなと思ったことはありましたが、ここまで大変だなと思ったのは初めてでした。
今回このような授業をするために改めて悪徳商法のことを検索してものすごく巧妙な手口がたくさんあるのを知りました。
私もいつ騙されるかわからないなと思います。20歳になるとこれまで以上に騙される機会が増えます。気をつけて生きていきたいです。」(高校3年女子)
このように地域で発表することを前提とした消費者問題の学習は、生徒の自主的な学習意欲も高まり、やがて消費生活分野でのオピニオンリーダーに成長していく可能性も広がる有益なものだった。何よりも発表をした生徒の充足感と聴講をした高齢者の好意的な姿勢を目の当たりにすると、理想的な消費者教育の姿を垣間見た気がした。
もう一つは愛知県の日本福祉大学経済学部における事例だ。同大学では、経済学部の1年生の基礎演習で消費生活問題の講義を設け、契約学習ネットワークでは5年連続してこの講義の1コマを使って出前授業を実施してきた。
この出前授業は毎年6月に行っており、1年生が大学生活に慣れ始めた時期でもあるため、経済学への関心を高める目的で消費者問題の講演をしている。高等学校を卒業して、大学に入学した直後の新入生にとって、契約や法律についての認識は全体として十分には高まってはいない。そこで、新入生の身の回りで起こりうる問題をとりあげ、そこから契約と法律について関心を抱かせる手法で講義を展開している。
具体的には、携帯サイトやインターネットでのワンクリック詐欺の事例を図示し、契約の承諾と錯誤について解説したり、スポーツのルールと法律の類似性を摘示し、法律の役割をわかりやすく説明している。また、電車の乗車についての契約成立時期や携帯電話の購入にあたっての契約の種類の話題も織り交ぜて、日常生活に契約や法律が深く関わっていることも紹介している。
こうした講義を座学だけで行うと、関心が薄い学生の記憶には定着しないため、クイズや寸劇という手法も使って双方向型の授業になるように工夫をしている。
例えば、クーリングオフ制度は様々な法律が絡んでおり、原則と例外の区別は実務家でも迷うほどであるが、それをクイズ形式で出題することによって、正答率を競って学生の関心が高まるようにしている。
悪徳商法の事例では、多感な思春期の学生の関心にあったデート商法を寸劇にして、クレジット契約や名義貸しの問題についても提示している。
このように大学での消費者教育の導入段階では、徹底的に学生の身近な問題から契約を掘り下げ、法律について深く理解しようという意欲を引き出すことが大事だと認識している。
この講義後に学生に対してアンケート調査を行い、一番印象に残ったところを尋ねたところ、49%の学生が「デート商法の寸劇」と回答し、次いで「クーリングオフ制度」と「クイズ」の17%となっている。
やはり印象という点では、寸劇やクイズといった手法は有効といえよう。この講演を受講した学生の感想も紹介する。
「契約というと難しいイメージがあったのですが、これから生きていく上で、自分の判断で契約する場面も多いと思います。とても大切で重要なことだと感じました。」(経済学部1年女子)
「寸劇やクイズを通して、契約書の内容をしっかり理解しなければ、後でたいへんなことになるのがわかった。特定商取引法について、もっと勉強しようと思いました。」(経済学部1年男子)
全体として、受講前には契約や法律について当事者意識が薄かったが、自分自身の問題であることがわかり探求していきたいという感想が多かった。
消費者教育については、学生の身の回りの問題から考えていくというアプローチが必要だと実感する。

5.消費者教育の普及のために
高等学校や大学における消費者教育が滞る要因の一つとして、学校で使う教材が見当たらないという問題があることを前述した。しかし、実際には中央省庁や公的機関から消費者教育のリーフレットや各種資料は多数発行されている。これらの機関や消費者団体のホームページでも相当の資料がダウンロードできる状態になっている。
つまり、教材として活用できる資料は多く存在するが、その存在が学校に周知されておらず、結果として活用が進んでいないという問題に直面している。
また、学校のカリキュラムも複雑化し、教員も多忙となっている現状で、学校の教員だけで消費者教育を遂行することは、教員に更なる負荷をかけることになるという側面もある。教員に消費者教育の教材の周知を呼びかけるには限界もあるだろう。
こうした現状で、最も効率的に消費者教育を進めていくには、やはり外部専門家と学校とが連携し、計画的・継続的に教育を遂行していく仕組みを構築することではないだろうか。各地の消費者センター、消費者団体、専門士業団体、企業の消費者窓口部門などから学校に対して講師派遣を行い、系統的に出前授業を行うことが求められる。特に高等学校の卒業を控えた時期や大学の入学直後は啓発機会として最適だ。
そのような基本的な消費者教育の講義を経た後に、岡崎商業高校の取り組みのような生徒に活動事例を報告する場を設けることも必要だろう。地域の各種クラブでの講演や研究発表会の企画、ホームページでの事例発表などを、生徒たちが主体的に行える環境づくりができれば、消費者教育の成果も飛躍的に高まることが期待できる。こうした消費者教育の成果を地域に還元する活動を積極的に奨励していきたいものだ。
消費者の経済知識や契約についての情報量の不足も、事業者の法令軽視の行動も、高等教育段階での消費者教育が適切に遂行されれば減少していく問題といえる。複雑化・多様化する経済社会の中でも、学校で消費者教育に時間を割くのは容易ではない。しかし、生徒や学生が卒業後すぐに直面するであろう問題に、教育者や実務家が目を背けてはならない。その信念のもと、微力ながらも消費者教育への関わりを継続していきたい。

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